第四十三話 ジェームスボンド

初夏の病院の待合室。それは突然だった。
突然彼の名が呼ばれた。

ジェームス・ボンドさーん」

ザワザワする待合室。
待合室の期待を一心に背負って彼は姿をあらわした。
「スイマセン、ホンマ、スイマセン」
小男である。初老である。
そこには初老の小男の外人がすりむいた頭をさすってただ立っていた。
ジェームスボンドがすりむいた頭をただたださすっていた。

名前で苦労してきたタイプだと思う。

今日だってそうだ、待合室の総意を伝えたい。
「大ケガ期待してたのに!だってジェームスボンドやで!銃創やろ、銃創!」

名前で苦労してきたタイプだと思う。

だってどうだろう、
同僚だったらどうだろう、
ジェームスボンドが同僚だったらどうだろう、
とっても期待しちゃう、
能力以上の仕事を期待しちゃうもんな。
だってジェームスボンドだもんな。
逆に取引先の営業マンだったらどうだろう、
ジェームスボンドが営業マンとしてやってきたらどうだろう、
警戒しますよね、
必要以上に警戒しますよね、
だってジェームスボンドだもん!

友達の中井くんの弟なんですが、
友達の中井くんの弟、高校生なんですが、
貴一っていうんです。
中井貴一っていうんです。
何の期待も、何の警戒もなくスクスク育ってます!
ヘイヘイ、オーライ?