第223話 哀しい男 〜原口さん(仮名)のこと〜

原口さん(仮名)は哀しい。
原口さんがアルバイトとしてボクが昼間働いているネットショップにやってきたのは夏の終わりのよく晴れた朝だった。
原口さんは46歳、独身の男性で顔は関根勤によく似ていた。
関根勤にジジィの犬を足して、一旦寝かせて、やっぱりもう一回ジジィの犬を足した、そんな感じの顔だった。
犬面の関根勤というよりは、
関根勤似の犬、といった風貌であった。
原口さんは疲れが目にくるタイプらしく、
夕方になる頃にはどんどん目が窪んでいき、
タニシみたいな目になる。
タニシみたいな目の大人は哀しい。
原口さんの哀しみは昼休み。
原口さんの哀しみはお弁当。
原口さんのお弁当はおにぎりが二つ。
大人がおにぎりを二つ食べている姿は哀しい。
おかずを用意してほしい。
そして原口さんはコンビニおにぎりの開封がとっても苦手。
いつも海苔が半分近く破れてしまう。
それを手ではがしておにぎりに巻く姿が悲しい。
一度おにぎりを三つ持ってきたことがあったのだが、
二つ食べて、一つは食べきれずにカバンにしまってしまった。
食の細い大人は哀しい。

原口さん、オカズを用意してください。

「今日調子エエからおにぎり三個」じゃなくて。
オカズをば。
願わくはオカズをば。
ある日を境に原口さんのお弁当がおにぎり二つからウィダーインゼリーに変わった。

ウィダーインゼリーが二つ。

時間に余裕のあるひとが20秒ですます昼食は哀しい。
原口さんの哀しみは昼食後の休憩時間だ。
昼食を20秒ですませた後の、44分40秒間にある。
ある日は家電のチラシを凝視すること、44分40秒。
最終的に万能鍋に赤ペンでチェック。
ある日は食べ終わったおにぎりの成分を凝視すること、44分40秒。
次の日からウィダーインゼリーに昼食を変更。
何が気に入らんかったんや。
またある日は万歩計の説明書を熟読すること、44分40秒。

ボタン二つの機械に説明が必要なのか。

原口さんはいつも17時半に退社する。
定時の18時半までは決して働こうとしない。
一度聞いたことがある。
「五時半からなにしてるんすか?」
原口さんは答えた。
「ボランティアをしてるんです。就職できない人たちの話を聞くっていう」

・・・マジか!

オマエが?
なんで?
就職できてないやん、
46歳アルバイトやん、
五時半で帰ってカウンセリングしてんの?
いやいや、逆やん、
受けないかん側やって、
そっちサイドちゃうって。

そして10月の終わり、原口さん(仮名)はふんわり退社されました。